2012年11月03日

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と、罵倒された週刊誌があったとか

知り合いに、鬼畜に近いような人は今はいないが、高校の同級生の兄の所業は、正に鬼畜だった
全て聞いた話ではあるが

この、私の同級生の兄を仮にQと呼ぶ
Qは、放課後に友人と2人で帰宅のバスに乗った
で、この2人で突然車内でゲームを始めたそうな

この2人ともに、手話に関しては全くの知識がなかったが、急に身振り手振りで手話の真似ごとで
会話を始めたらしい
これだけでも、相当悪質な感じがするが

次第に、2人の手話の真似ごとがヒートアップしてきて、大げさな身振り手振りが加速
本人たちは、ケンカをしている真似ごとだったらしい

みるみる2人の顔が紅潮してきて、そろそろバスを降りるころになって、Qが一言
「あ、興奮したら喋れた...」

残された乗客は唖然としていたようだ

何せ田舎なんで、乗客には制服で、どこの高校生の仕業かわかったに違いない
このQに学校からキツイお灸が据えられたという話しは聞いたことがない

が、後日談がある
このQは、何を血迷ったのか、国立大の医学部を目指していた
実家は医者でも何でもない

私の高校は、よく四年生高校と揶揄されるほど、浪人は多くいた
私もその一人
で、地元の予備校時代に、このQも一緒だった
当時で7浪くらいしていたはず

幸い私は一年浪人して地元を離れて大学にいったのだが、私が合格した年もQは浪人した
後に聞いたのだが、Qは8浪か9浪して念願の医学部に受かったらしい
合格と同時に、どういう訳か実家からは養子に出されたと聞く

私の実家も引っ越してだいぶ経つので、福岡にはたまに帰るが、実家がもともとあった北九州には
滅多に帰らない

Qがどっかで開業しているのか、そもそも大学を卒業できたのか、まったく聞こえてこない



(22:51)

2012年10月31日

Unknown
学生の頃、友人の実家が横須賀にあった
当時は空き家だったんで、泊まりがてら横須賀に行こうってなことになり、私を含め友人と四名で
横須賀に出かけた

と言っても、横須賀に到着したのは夕方遅い時間で、観光などするでもなし、車を友人の実家に停め、
横須賀の繁華街へ繰り出した

一次会でしこたま飲んで、たしか二次会の店を探して商店街を歩いていて、私は尿意を覚え、商店街の
店と店の間の狭い路地に入り込んで用を足した

その後、商店街で待っている友人のもとへ向かい急いで狭い路地を歩いていたら、先ほどまではいなかった
中年の男女が幅1メートル程度の路地で向かい合って何やら会話をしていた
その男女の間を縫うようにして、私は商店街に戻ったのだが、男女の間を「ごめんなさいね」と、すり抜けた
瞬間、男女の会話が聞こえた

「シャブ」 確かにそう聞こえた

商店街で友人と合流した私は、酔いも手伝い「あいつら、シャブの取引してるぞ」と一言
私に負けず劣らず酩酊していた友人は、「シャブだ」「シャブだ」と叫びながら、その男女に近づいて行った

と、その男女は逃げ出し、千鳥足走行ながらも我々は後を追った
男女は商店街近くにあった団地に逃げ込んだ 
オートロックも何もないので、酔った若者達と、逃げる男女の捕物帳になった

しかし、なぜ彼らは逃げたのだろうか 
酔った我々に恐れをなしたのか、本物の売人だったのか

団地のエレベーターを使って、上へ下への大騒ぎとなったが、仮に我々が彼らを捕まえたとしても
一体何になったのだろうか
若さ故である

ある階で、男を発見したが、当時は珍しかった大型の携帯電話でどうやら仲間に救いを求めている
様子だった

男は一見は普通のサラリーマン風だったが、酔った上にダッシュを繰り返してすっかり酩酊した我々にも
どういった人たちが彼らを助けに来るのか 何となく想像がついた

我々正義感に満ちた四人は再び集まり「今日はこの辺にしとこう」と言い残し、脱兎のごとく団地を後にした

この四人は先週、一年ぶりに集まって飲んだが、白髪は増えたものの相変わらずの阿呆ぶりであった
私は冴えないリーマン 一人は弁理士 一人は某大学の准教授 一人は気鋭の研究者だったりする
のだが




(22:22)

2012年10月30日

Unknown暴力団対策の法律が改正になったらしい
私は、修羅の国こと福岡県生まれ
改正された法律のターゲットとなったらしい団体が三つほどあるようだが、いずれも本拠地が福岡県というのが凄い
まぁ、町なかで手榴弾を発見したら、すぐに通報をと県警のHPにあるくらいだから

修羅の国でも、私の出身地北九州市は、修羅の中の修羅

私の実家は低い土地にあったため、隣のウチの一階と私の実家の二階がほぼ同じ高さだった
隣のウチは893さんだった 今は解散していると思うけど

で、実家の私の部屋が893さんに一番近いところにあった
たまに夜中に、自室の電気を消して、恐る恐る893さんの部屋を覗いて見たりした

パンチの効いた髪型(そう言えば、パンチパーマ発祥の地は北九州小倉のはず)の鬼遺産が上半身裸で布団に横たわっており、横に座った若い衆が、鬼遺産の背中の見事なモンモンの
手入れをしていた

マジで怖かった

実家は低い土地にあるんで、裏の893さんの土地とは、石垣で仕切られていた
高さは5メートルくらいあったと思う 私の部屋と893さんの敷地は1m程度しか離れていない

ある夜、物音がするので、二階の私の部屋から庭を眺めたら仰天した
裏の893さんが、酔っぱらったらしく、ウチの庭から石垣をよじ登って、893さん宅へ帰宅して行った
あの時は、私の部屋に893さんが乱入するのではないかと思い、眠れなかった

夏の夜など、自室の893さん宅寄りの窓を開けていると、よく鬼遺産が電話口で「チャカ」とか
「シャブ」とか大声で話しているのが聞こえてきたりした

特に身の危険を感じたことはなかったが、私の母校(中学校)に裏の893さんの息子が在籍して
いた頃は、母校はかなり荒れていたと聞く

「シャブ」と言えば、思い出したことがあるが、また別の機会に
私がシャブを試した訳ではないので、誤解なきよう



(22:26)

2012年10月20日

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実は、10月から3カ月間の予定で、現在の職場から徒歩で10分位の別の会社に丁稚奉公に出ている
で、その丁稚奉公先の会社のことを書く

そこは、築何十年か知らないが、震度6クラスの地震があれば、崩壊は免れないだろう
冷房は9月末で打ち切り
無論暑いので、窓を開けるのだが、網戸がない 建物の近くに森林があったりしたら、蚊の来襲は
自由なので、地獄絵図になるのは必定
冬の寒さは未経験だからわからないが、暖房の入る時期も遅いんだろう

廊下は節電のためか、常に薄暗いし、トイレは人感センサーがあるのだが、人がいないときは真っ暗

と、悪口ばかり書いているようだが、私にとっていいところもある

どういう訳だか、廊下の至るところにトイレがある
何回か本ブログに書いたが、私は常に腹が緩い 
黄金色のヤツ達は突如として火砕流並みの速度で腸を駆け下りてくる
特に、食事をして間をおかずに歩き回るのは非常に危険 
心太式にヤツ達が駆け下りてくる たまには大惨事に見舞われる....

ホンちゃんの職場は、ワンフロアにわんさか人がいる癖に、トイレは各階に一箇所
しかも大事な個室は3室しかない
日頃、火砕流発生に伴い、脂汗をかきながら私が個室に駆け混んでも、個室は満室のことがしばしば

それに引き換え、現職場は、トイレの数が豊富なので安心
仮に一つのトイレが満室でも、別のフロアに移動せずに同じフロアの割と近くにある別のトイレに
行けばよい

大体、経験から言って、脂汗をかいてトイレに駆け込むと、高い確率で個室が満室のことが多い
「やっとトイレに辿り着いた」という安心感で、肛門の筋肉が弛緩するので、満室のショックたるや
計り知れない

学生の時、某居酒屋チェーン店でアルバイトをしていた友人の話では、何が辛いって、トイレ掃除が
一番辛かったらしい
学生が使用する頻度の高い居酒屋だったんで、一般常識に欠けるような光景が日々展開されていた
ようだ

例えば、(以下自主規制).....




(10:30)

2012年10月12日

Unknown
人生で、最初に自分で購入したレコードは誰の何と言うタイトル? という質問を私はよくする
私が小さかった頃はレコードが当たり前だった
CDが一気に広まったのは、大学に入ってからだった

大学入学祝いに買ってもらったステレオは、もちろんアナログプレーヤー付き
あっという間にレコード屋にはCDばかり並ぶことになった
貸しレコード屋なんてのもあって、よく利用したもんだが

ちなみに、私が初めて自分で購入したのは
洋楽だと EPはBILLY Joel「Stranger」 LPはABBA「Arrival」
邦楽だと EPはさだまさし「雨宿り」 LPはオフコースの何とかというアルバム まだそれほどメジャーに
なっていなかった頃

私の持っているKate(iPODの名前)に入っているのは約3000曲
正確に数えていないが、洋楽7割、邦楽3割くらいか
で、洋楽の中では8割近くが、英国産だと思う 

さだまさしとか、オフコースのEPがデビューというのは、今の私の嗜好では考えられない 
ちと、恥ずかしかったりする

ABBA「Arrival」を買ったのは、確か小学6年の頃だと思う
「Dancing Queen」が収録されていたので購入したようなもんだが、どの曲がシングルになっても
おかしくない位、いいアルバムだと思う

中でも「That's Me」と曲が好きだ
たまにKateでこの曲が流れると、今はない北九州の実家の、狭い自分の部屋で、そろそろ塾に
行く時間(夕方)の光景が目に浮かぶ 季節は晩秋
ABBAはスウェーデン人だったと思うが、どういう訳だろうか

会社に入る時に、アナログプレーヤーは処分してしまった
でも、100枚近く所有していたLPとEPは手放すことができなかった

いつの日か再びアナログプレーヤーを購入しようと思い続けて、15年近く経った頃、もうLPを聴く
機会はないだろうと思って、当時住んでいた家の近くのレコード屋(LPを中心に扱っていた趣味の店)に
引き取ってもらった

高校生の頃に近くのレコード屋が閉店することになり、大幅割引でセールがあり、母校の高校生でごった
返す店内から、混雑のどさくさに紛れて金を払わずに持ち帰ったDoorsのライブ盤

高校の修学旅行で行った東京で、憧れだった新宿のレコード屋で購入したThe Stoogesのデビュー盤

中学の頃、たまたま聴いていたFMから流れていて、その声にKOされて購入したPatti Smithのデビュー盤

高校の頃、日本シリーズの勝敗を巡り級友と握り、一人勝ちして得た臨時収入で即購入したT-REXのベスト

これらのLPを売りに行ったレコード屋のお姉さんが、「本当に手放して後悔しないんですか?」と何度も
私に聞いてきた

今や我が家にはステレオセットはない CDはKateで聴くのが当たり前になった

あの時手放したLP達は、ちゃんと誰か趣味人に引き取られて行ったのだろうか


(23:22)