2012年02月11日

学生時代にインカレ参加のため東京駅から乗車したのは、大垣行き普通列車だった
銀河じゃなかった

ライバルだと一方的に思っていた某大学の連中が急行銀河を使っていて羨ましかったのが、都合のいい思い出を作ってしまった

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大垣行きはキツかった




(15:10)
20121121_214138私はつげ義春のマンガが好き
一番好きな作品は多すぎて選べない 
旅ものの作品も好きだ

鉄道でもバスでも、色んなところを旅してうらぶれた気分に浸る 
そんな日が来ないかなと思っている

以前北国に住んでいた頃、青森の鰺ヶ沢を中心とした日本海側を訪れたことがある
時期は夏 しかも車での旅だった
鰺ヶ沢に行ってみたかった理由は、「リアリズムの宿」の舞台を見てみたかったから

夏の日本海は波もなく平穏だった イカのカーテンが旗めいていた
イカ焼きはおいしかった
リアリズムの宿の面影を求めたが、あのマンガの舞台は冬だし、マンガが書かれてから何十年も経っているので、もちろん面影などなかった
モリタ屋もエビス屋らしき宿も見当たらなかった

一度冬の時期に、日本海沿いを走る五能線に乗って旅をしてみたいと思う
荒天時には、死にたくなる気分になるのかも知れない 

この後鰺ヶ沢を後にして、白神山地を超えて弘前方面へ抜けた 
白神越えの道路は、白神スカイラインなんてロマンチックな名前がついていたが、途中から未舗装で
車がすれ違うのもやっとの悪路の連続だった
運転の苦手な私は、途中で山越えを諦めたかったが、引き返そうにもUターンできる場所がない

不安に駆られながら車の外を見ると、ニホンザルがいた
確か私を目があったような記憶があるが、爆睡中の家族に、「ほらサルがいるよ」と告げて起こそうと
したら、サルはどこかに消えていた


(11:22)

2012年02月10日

Unknown
夜行列車に乗る度に聞く歌というのは特に決まっていない
Kate(iPodのこと)を聞いているから しかもシャッフルで

夜汽車が歌詞にでてくる曲として印象に残っているのは甲斐バンド「安奈」と太田裕美「木綿のハンカチーフ」
木綿のハンカチーフは、夜汽車ではなかったか
どちらの曲も、行き先は東京だとは決まっていなかったと思うが、北へ向かうとか東へ向かうという設定だった

ヨタヲさん推薦のチューリップ
福岡出身の私は無論好きだ

好きな曲は「ブルースカイ」 
小学6年の頃、地元のラジオ局のヒットチャート番組でいつもかかっていた
曲のタイトルは明るいのに、曲の中身はどこかしっとりしている 財津和夫(一郎ではない)のドライな声が
いい

で「博多っ子純情」
中学の頃文通していた女の子が、博多生まれなんだけど、父親が転勤族で全国を転々としていた
その女の子は、中学までは博多で育ったので、転勤した先で「博多っ子純情」を聞くと涙が出ると言っていた 

同じ福岡でも、私の生まれた北九州をテーマにした曲ってのはあまりない気がする
無法松の一生くらいかな
あまり絵になる風景がないからか 博多に比べれば少ないのかも

博多っ子純情を聴く度に、北九出身の私は何となく博多が羨ましかった

数年前まで、NHKで夏に、博多山傘の実況中継をやっていた
私は生で博多山傘を見たことはないが、毎年この中継は見ていた 羨ましかった

10年ほど前に、当時の職場の連中と九州出張したことがある 宿泊地は博多
あの時に皆で食べた水炊きとウナギのせいろの味は忘れられない 
楽しかったねぇヨ○ヲさん




(21:25)
Unknown
大学時代はマイナーなスポーツをやっていた
その種目では、インカレに出場するためには応募さえすればよかった 今はどうか知れないけど
普通は応募だけでいいんだろうか 予選とかはないのか

で、揃いも揃って金のない学生の集まりだった我が部
インカレが奈良で開催されることになり、試合のための移動は急行「銀河」を使った
新幹線を使うとかいう選択肢はなし バスも今ほどメジャーではなかった

急行銀河
シーズンオフだったんで、さほど混んでいなかったのは幸いだった

鉄道が好きな私でもさすがにきつかった
蚕棚であっても、カーテンを仕切れば個室になる寝台とは違い、座席のまま
眠れるわけがない 体が横にならないんだから

ちなみにインカレは、初戦で大敗

帰路はどうしたかと言うと、またもや急行「銀河」の旅
しかも、京都かどっかで購入した安いお土産を、頭上の網棚に乗せておいてウトウトしていた
ようやく東京に着いて、お土産を取り出そうとしたら、ない

どう見たって貧乏学生にしか見えない私のお土産と思わしきものを、網棚からクスねる鬼のような
輩がいるということが、よくわかった 世知辛いものだ

ちなみにこのブログは鉄専門ではないつもりだが、たまたま私の気分で最近Feネタが多くなっている
全国推定三名の読者の中には、つまらぬと感じる方もいようが、しばらくお付き合いを


(20:49)

2012年02月09日

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昔北国に住んでいた頃
東京に出張した帰りに、大学時代の舎弟たちと上野で痛飲して、上野22時過ぎ発車の
ブルートレインで北国に戻ったことがある

舎弟たちはブルートレインが珍しかったらしく、私を上野駅のホームで見送ると言って
ホームまで来たが、酔いも手伝ってみんなはしゃいでいた

22時過ぎに、ブルートレインが電気機関車に引かれて入線してきた
それを見て、それまで騒いでいた舎弟たちが息を飲んだ

ブルートレインには違いないが、老朽化により塗装は至るところで剝げ、サビで塗装が
盛り上がっている部分もある 
これに乗って、北へ帰るんですかと涙ぐむ輩もいた おっとこれは冗談

確かに、ホームに舎弟が見送りに来ていなければ、一人っきりで寂しさのあまり
首を吊っていたかも知れない おっとこれも冗談

ブルセラじゃなかった、ブルトレに乗ると興奮してあまり寝られない
振動が激しくて寝られないのではない
夜中も目が頻繁に覚めて、カーテンの影から外を覗くと、白河あたりだったり、一ノ関だったり
盛岡だったりする 次第に雪も深くなってくる うらぶれた気分が増してくる
盛岡よりもさらに北にある駅で、在来線に乗り替える

乗り替えて1時間もすると、住んでいた地域を象徴する山が見えてくる
不思議なもので、帰ってきたんだという安心感が広がってくる 九州生まれのこの私が

今はこのブルートレインも廃止となってしまった
目的地に早く着くことだけが目的になってしまったんだろうか

何てことを言っても、遠吠えにしかならないんだろう



(21:46)