2011年03月06日

Unknown

昨日韓国料理を食べに行ったら、一昨年ソウルを観光したときのことを思い出した
行ったのは盆明け ソウルも暑かった

通り過ぎる人たちはほとんど日本人と同じ 違うのは、町中に溢れる看板がハングルなことと、行き交う言葉が当然韓国語なこと
ソウルは、銀座みたいなところと、新宿、上野が近距離にごっちゃになっているような印象だった
日本語を話す人が多いのに驚いた
これは負けてはいられないと、帰国後韓国語のにわか勉強を始めたんだが、頓挫中

食べ物は何でもおいしかった 町中がキムチの匂いで溢れているなんてことを言う人がいたけど、そんなことはない 日頃キムチをよく食べるんで気付かなかっただけか

最も印象に残っているのが、東大門市場の屋台
目的もなく、ふらっと訪れただけの市場だったけど、屋台でおっさん達が楽しそうに酒を飲んでいた
行ったのは日曜日の夕方だったが、このおっさん達もひょっとすると明日から始まる長い一週間のことを瞬間でも忘れたいために飲んでいるのかな なんて思った
おかずも沢山あって、一体これは何だろうと思うものもあったが、とにかく皆が楽しそうに飲んだり食べたりしていたのが印象的だった 日本のおっさん達と一緒だなと思い、一気に親近感が湧いた
この時は、何も食べなかったけど、今度韓国に行くことがあれば屋台で、おっさん達と飲み食いしたいと思う

そんなに海外に行ったことがあるわけじゃないけど、屋台みたいなところで、人々が飲み食いしているのって
あまり見たことがなかった アジアだけなんだろうか

一体これは何だろうと思ったものの一つはスンデ 後から調べたらソーセージみたいなものだった
今度は、スンデをつまみにマッコリを飲んでみたいな 屋台で


(07:56)

2011年03月04日

Unknown

明日、Jリーグが始まる
もう10年近く、ほぼ毎試合ごとにトトを購入している
神さまがほほ笑んだのは片手で数えられる程度

購入し始めた頃は、100円一発勝負を何年も挑んで
いたんだけど、まるで手ごたえなし

昨年からは投入資金を増やしているけど、今までの
トータルで見ると大赤字

何かいい必勝法はありませんかのぅ

だいたい、仮に6億円当たったら何をしようかなんて
根拠のない自信に満ちた妄想を巡らせることが多い

これと言って、金のかかる趣味のない私

何をしようか、今日一日考えてみよう

(07:50)

2011年03月03日

4images
子供の頃はプラモデルをよく作った
最初に作ったのは、多分小学校1年か2年の頃だった サンダーバードの3号と5号だったと思う
その時は、素人にありがちな失敗を犯してしまった
すべての部品を最初に枝から取り外してしまった 設計図を見ても番号中心に記述してあるので、取り外した後の部品は、その番号がもうわからない 結局、未完だった 阿呆である

その後は、もっぱらタミヤの戦記シリーズばかり 駆逐艦、空母、巡洋艦、たまに航空機、戦車、ジープ、歩兵セット 昔から、現在の車なんかはプラモでも興味を示さなかった 
一番楽しかったのは、リモコンのロンメル戦車だったな 4年生の頃かな
ドイツ軍のものが多かった 子供ながらに恰好よかったから 
ドイツ軍には正式には「ロンメル」という戦車は存在しないと聞いたことがある ソビエト軍の「ジューコフ」もそうだと聞いた そうなんだろうか

プラモデルを作るのは好きだったが、私は昔から不器用
特に航空機なんか作ると、風防のあたりが接着剤の糸だらけになって、クモの巣みたいになってた
だから航空機は数が少ないんだ

6年生の頃、テレビで「ホロコースト」を観た ユダヤ人虐殺がテーマだった
見終わって、子供ながらにナチスドイツに対する憤怒の念が沸いてきた
家の庭に、プラモデルで作ったドイツ軍の歩兵はジープ、戦車砲なんかを並べて、それらに爆竹をつけて、一斉に破壊した
歩兵には、丁寧に線香で背や腹に穴を開け、プラスチックを熱して伸ばして作った棒状のものを矢に見立てて、線香で開けた穴に刺して、周囲を赤く血の色に着色したりして、一人シヴァ神になっていた

素晴らしく単純である

中学に上がるころには、部活なんかも忙しくなってきてプラモデルは作らなくなった
数年前、ふと懐かしくなって購入したプラモデルが一箱あるんだけど、買うことで満足してしまって、未だに作っていない イギリス陸軍の「ピンクパンサー」
いつになったら完成するのだろうか



(22:39)

2011年03月02日

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私は歩くことが好き
健康のためとかなんて前向きな理由ではない 単に車が好きではないから

昔住んでいた家の近くを、小さな川が流れていた 一番下流でも、渡るのに30秒程度しかかからない
ある日、その川の源流である、とある公園の池から、再下流である海まで歩いてみようと突然思い立った
賛同者などいないので単独行で
朝9時頃から川沿いに歩き始め、昼食休憩を含んで、ゴールしたのは17時過ぎ
無論、誰からも祝福されない 
途中で写真を撮るわけでもなし、スケッチをするでもなし、ひたすら歩くだけ
帰りはビール飲んでから電車で戻った あっという間だった 
でも私は楽しかった

酔うと、やたら歩いて家に帰りたくなる癖もある
十年ほど前に少し雪深い地域に住んでいたとき、会社の同僚と散々飲んだあと、これまた単独行で歩いて自宅まで帰ったことがある  雪が積もっていたのでシラフで歩いても40分程度はかかる距離
時々すべりながら千鳥足で歩いていたが、ある時にふと気づくと頬のあたりがやけに冷たい
よく見ると、転倒して歩道の雪の上に横たわっていた 冷たいわけである
転倒して冷たさのあまり目が覚めたのが、記憶の中では二回ほど 実際にはもっと転倒していただろう
打ち所が悪ければ、そのまま凍死なんてことになっていたかも
夜間は交通量が少なく、雪の時期に歩いているような酔狂な人はいないんで、翌朝まで発見はされなかったろう
でも私は楽しかった

もう半年ほど前になるが、隣町まで出かけようとバス停に向かったところ、目の前で、乗る予定だったバスが行ってしまったことがある 次のバスまで二時間
観念して次のバスを待つのが普通だろうが、私の頭の中の旧式コンピュータの計算では、別のバス路線の合流地点まで歩こう  間に合わなくても合流地点にたどり着く途中に、次のバスが来るかも知れないと弾き出した
で、一人として歩行者のいない山道を、合流地点目指して歩き始めた
私の計算では所要時間は二時間程度  
汗だくになりながら一時間近く歩いていると、何という偶然か、会社の知人が車で通りかかった 曰く、こんな山道を歩いている人は見たことがないと
どこまで歩くつもりかと問われたので、合流地点までと告げたところ、まだ半分も到達していないぞと氷の一言
知人に捕獲されずにそのまま歩いていたら、合流地点での別の路線のバスはおろか、二時間後の次のバスにも乗れなかっただろう
結局、知人の車で合流地点まで送ってもらった 拍子抜けするほど、あっという間に着いた
でも私は楽しかった

これでいいのだ

(22:07)
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昨夜見た夢のはなし
私のお腹が痛くなり、どこかのトイレに駆け込んだ
用を足そうと思ったら、かなりおかしな造りのトイレだった

大の便器は、木製の風呂のようなもので、水が張ってあり、そこで用を足すもの
水が張ってあるだけで、水洗ではい 
そもそも水槽の横幅がかなり広く、跨って用を足すのは不可能
水面には、前の人のものと思われる黄色いウ〇チがぷかぷかと浮遊していた
しかも、水槽の周囲には数人の人が立っている 個室じゃなかった

おまけに、その水槽には魚が回遊しており、まるまる太った鯉が口先にウ〇チを
くっつけながら悠然と泳いでいた

さっきまでの便意はすっかり失せ、私は何をしたかというと、手動の髭剃りを取り出して
水槽につけて洗い始めた
どういうわけか髭剃りにはウ〇チが付着していて、水槽の底のほうにウ〇チが沈んでいった

何かの暗示の夢だったんだろうか
そんな訳ないか

(07:37)