2012年04月14日

Unknown
今日は、いつもに増して無駄に長文

私の通っていた大学のサッカー部は強豪である
サッカー部は、体育学部の連中がほとんどで、一般学部でサッカーの上手な輩はサッカー同好会
に入ることが多かった
で、この同好会もレベルは高い 今もそうかな

では、一般学部でサッカーは好きだけど、同好会に入るレベルでもない私のような連中はどうしているか

大学の周囲にこれといった娯楽もないわが大学には、「カレッジリーグ」なるサッカーの学部対抗リーグが
あった 
毎年、春と秋(冬もあったかな)、10近くの学部対抗のリーグ戦を行う
キックオフは、確か朝7:00過ぎ 
大半の学生が大学周辺に住んでいたので、朝っぱらから皆自転車とか、車で集まり、一時間目の授業前に試合
をする
私は、サッカー以外の他の部に所属しており、秋は朝練があったので、朝練が終わってからカレッジリーグに
参加したりしてた 春のリーグは、カレッジリーグ中心
学校にあまり行かなかった私は、どういうわけか、カレッジリーグの日は、すっきりと目が覚めて試合をして、試合後には寮かアパートに戻り、二度寝をして、昼過ぎまで寝ていた

私の出た農学部は、私のいた頃はカレッジリーグでは強豪だった
戦術なんて面倒くさいものはない

センターバックのH君(同好会のレギュラー)が、フォワードのY(少林寺拳法部)やN(同好会のレギュラー)へ
向かい「行ってらっしゃ~い」とボールを蹴り込む
で、YとNで、いつの間にか点を取って帰って来ると 中盤(ハーフ)はほとんど無視

いつだったか、ある学部との試合で、Yに常にかわされていた相手学部のバックスがイライラが沸点に達した
らしく、Yへ文句を言いだした
Yは聞き流していたが、よせばいいのに、相手バックスはYの足に細かく蹴りを入れ出した

私はYが少林寺拳法の使い手であることを知っているので、相手バックスに走り寄り、「やめろ 死ぬぞお前」と叫んだが、間に合わず、Yは正拳で高速パンチを三発ほど相手バックスに見舞っていた

相手バックスは、何が起きたのか理解できなかったようだが、仮にYがパンチだけでなく、蹴りを入れていたら、
どうなっていたことか

私は1,2,3年生の頃は本当に学校に行かなかった たまに行っても食堂どまり

わが大学には、年に二回ほどスポーツデーなるものがあり、二日間朝から夜まで、体育学部以外の全学部
オープン参加で色んな競技の大会があった

サッカーも種目の一つで、わが農学部のカレッジリーグチームは、2年連続で優勝していた
エントリーチーム数は、サッカーの場合150くらいあったように思う
準決勝くらいまでは、10分程度のミニゲームで試合をするんだが、それでも決勝は2日目の夕方

問題はチーム名
優勝するとなると、当然チーム名が全学部に知れ渡ることになる
表彰状だってある
優勝しなくても、全エントリーチーム名は、印刷物になって、全学部で配布される

何回目かの優勝の時のチーム名は「○○(私の苗字)学校に来いよ」
この他にも数チームエントリーしてあって「○○代返は任せとけ」とかいうチーム名があった

無駄に文章が長くなったが、輝かしい私の大学時代の思い出である

(08:26)

2012年04月12日

Unknown
今日は、共和国からの飛来物はなかったようだ
今回もロケットの先頭では、首領様を讃える歌が流れ続けるんだろうか
聴いてみたいわ

いつものように唐突に思い出した
大学3年か4年の時に、国立競技場にサッカーの国際試合を見に行った
まだ日本がW杯はおろかオリンピックにさえ出場できなかった頃
確かオリンピック予選だったと思う 

相手は首領様の国
スタンドは満員には遠く及ばなかった
ホームなので、日本人が圧倒的に多い
試合も、水沼のゴールなどで、記憶では1点差で日本が勝った
結局、後日の平穣での試合で日本は敗れて、その後も調子が悪くオリンピック出場はならなかったと思う

で、国立での勝ちゲームのはなし
後半も押し詰まり、明らかに日本の勝ちムードが広がる

そうすると、いつの間にか、総連系の学校と思われる学生が、日本人応援団を取り囲んで
日本人を睨みながら立っている
どさくさに紛れて、総連系と思われる学生は、日本人に向けてモノを投げ出す始末

何の予感があったのか、私がたまたま後方を振り返った時、空中をこちらに向かって飛来して
くる缶ビールが目に入った 中身は入っている
缶ビールは、首領様を讃える歌と共に飛来した 嘘である

反射的に身をかがめ、直撃は免れたが、私の前の席の日本人の後頭部に缶ビールが着弾
血は出なかったが、彼は悶絶していた

そのうち、至るところで総連系らしき学生と、日本人との間で乱闘が勃発
顔面から出血をして担ぎ出される輩も出る始末だった

私の地元の工業高校と、やはり地元にある総連系の高校との抗争については、様々な
伝説がある ここでは書けないが、実に残酷なものだ
本当かどうかわからないけど



(21:15)

2012年04月11日

Unknown
私の出た、今は亡き小学校、中学、高校の出身者で有名になった人は皆無
私が知らないだけかもしれない
中学の時の英語の先生の息子は、映画監督になっているが、中学校卒業者ではないし

大学の卒業者となると、特にスポーツ関係で有名になった人は多数いる
どういうわけか、一つ上の学年に、世間をお騒がせした人がいたりする

一人は、浮気のすえ、妻子が邪魔になってしまい殺害 亡骸が、ある港に打ち上げられてしまい
犯行が明るみになりお縄になった

もう一人は、一般市民を標的にしたテロにおいて使用された薬物の製造の責任者だった人
この人は実は同じ学部だったりする
んで、1,2年の必須教科だったある実験の単位をこの先輩は落としてしまい、一学年下の
われらの学年の授業に参加していた
この先輩とは私は同じ班で実験をしていた
あまり口数の多い人ではなかったが、何か質問するときちんと答えてくれて、いい印象しかない

たまにテレビでこの先輩が映ると、「あ、○○さんだ」 とさん付けで呼んでしまう

一時期は「犯罪者養成大学」なんて呼ばれていたが、実際には卒業生で犯罪者はもっと 
いてもおかしくないんだろうと思う
ただ、知らないだけ 

もちろん犯罪者だけでなく、いい意味で有名になった大学の先輩は多数いる


(06:53)

2012年04月09日

Unknown
先日、私の高校時代に経験したありがたい校歌訓練のことを書いた

ありがたい訓練の結果がどの程度活かされているか思い出してみた

小学校;私は4つの小学校に行った どこの小学校の校歌も憶えていない サビさえも思い出せない

中学校;サビは思い出せる しかし、全体の歌詞はうろ憶え

高校;中学よりもうろ憶え 学び舎の名を揚げよとかいう鼻息の荒い歌詞だったと思う

大学;まるで思い出せない 校歌というより、寮歌という位置づけの歌は少し憶えているが

と、ここまで書いてハタと気付いた

私の卒業した学校は、小中高とも今はない
いずれも統廃合によるもの 
小学校は跡かたもない
中学校は存在するが、校名が変わっている
高校は、確か遠くに移転したはず 校名も変わった

残るのは大学のみ
これだって、いつまで残るのかわからない

高校を始め、母校の名を揚げよなんてカッコよく歌っていたが、今は学校すら残っちゃいない

別に感傷に浸っているわけじゃないが



(19:59)

2012年04月08日

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今日は近所の公園で花見
昨年は花見どころではなかったので、一年ぶりになる
天気がよかったせいもあるけど、去年は世間では花見の自粛ムードもあった揺り戻しなのか、
かなりの人出だった

自宅から徒歩十分ほどで花見ができるので、結構恵まれていると思う
桜の花は散り際がいいという人もいる 私も散り際は好きだが、満開の桜も好き 咲きかけの桜も好き
花が散った後の青葉の桜も好き

でも一番好きなのは、桜の木の幹の黒と、花びらの薄いピンクのコントラスト
背景が晴天でも曇天でも、このコントラストを眺めるのが好きだ

毎年花見はやっているが、学生の時に友人と三人で出かけた花見が印象に残っている
車で三十分ほど走って、ライトアップされた夜桜を見物した
ソメイヨシノではなかったと思う
桜は確か一本だけだったんだが、どういうわけか周囲に客はいなくて、我々だけだった
車で行って、三人で大酒を飲んで帰って来たんだが、誰が運転したんだろうか

多少の時期のズレはあっても、毎年花をけなげに咲かせる桜
来年も花を咲かせてくれるのだろう
咲いた花を見る人間がいなくなっても、地球が滅びないかぎり桜は咲くだろう

つい、ひねくれた想像をしてしまう、日曜のこの時間




(22:24)