2013年10月31日

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私は高校時代は、何の部にも所属していなかった
3年の学園祭直前に、マンガ研究会に入ったが、事実上の幽霊部員

で、仲のよかった友人は登山部に入っていた
なにか実績があったとは思えず、ひたすらリュックに石を詰めて校舎の階段を上り下りしている姿しか
印象がない

友人は、「腹筋運動」は疲れるものだと思ったことはないらしい

この登山部の顧問の先生は、何の教科の先生だったろうか 古文だったか
白髪の、飄々とした先生だった
とても登山の専門家とは思えなかったし、専門家だったのかどうか

ある日、友人からこの顧問から聞いたという話を紹介してもらった

テーマはウ○コ 
ここんとこ、下ネタが続いているが、私は学生時代「お下劣大将」と呼ばれていた
私が、学食に現れると、友人たちはスッと席を立つ
理由は私がお下劣な話ばかりするから 食事中なのに
ったくウ○コ食っているのにカレーの話なんかするなって感じである

顧問の話に戻る

山でどうしても腹の具合が悪くなり、野外排泄を余儀なくされたときの対処法
山岳部員たるもの、糖分補給のためキャラメルの1つくらいは持っているのが常識らしい

用を足した後の話
間違いなくちり紙はない

で、どうするか
顧問曰く、キャラメルの包み紙を1/4残して切り取る
3/4残った紙で、ウ○コを拭き取るのに全精力を傾注するそうだ
まぁ多少拭き残しがあってもやむなしというところか

で残った1/4の紙は何に使うのか
顧問曰く、尻を拭いた手の爪にコビリついたウ○コを掻きだすために使うそうだ

後世に伝えるべき先人の知恵である



 

(20:51)

2013年10月30日

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私はクルマを所有していない
嫌いなクルマを所有していないので、いい気分である
普通運転免許は持っている
大学3年の時、登校拒否になりそうだったが、教習所に通ったものだ 親の金で
修了検定で、教官に補助ブレーキを踏まれて一発中止になった苦い思い出はある
ちなみに卒業検定は一発合格だった 威張れないか

故郷の修羅の国では、県内どこかの教習所の伝説が広まっていた
主人公は九大の女子学生
教習所で運転中、さんざん教官から「もっとエンジンブレーキを使え」「何度言ったらわかるんか エンジンブレーキ」と散々怒られていたらしい

エンジンブレーキの何たるかを理解していなかった彼女は、思案することしばし
意を決したらしく、左足を教官の方へ伸ばし、教官用の補助ブレーキを思い切り踏んだらしい

激高した教官が「何するんか?」と聞いたところ、彼女は「エンジンブレーキを使いました」と言いのけたらしい
さすが九大の女性は違うわぃと、都市伝説のようにその話は広まった
多分、似たような話は全国至るところにあるだろう

ちなみに、私は免許をとって運転をするようになってもしばらくエンジンブレーキの意味がわかっていなかった
もし私が教官に同じことを言われたら、彼女と同じく補助ブレーキを踏んだ自信はある
うん 

(20:31)
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私の持っている携帯は所謂ガラケー
しかもストレートタイプである 絶滅危惧種で、レッドデータブックにも登録されている(後半部分は嘘)
スマホは当然持っていない

初めて携帯をもったのは15年ほど前
結構遅い携帯デビューだった
15年前のある日、電車を降りて家に向かう道すがら、視界に入って来た人全員が夜道で携帯でメールを
打っていたことがある
随分驚いたものだ
「日本人はいつからこんなに忙しくなったのか...」

携帯を持ち始めたきっかけは、家族との連絡方法確保の必要からだった
当時私がいた職場は遠距離の出張が多く、当時子供も小さかったので何かと携帯があった方が便利と思ったから

現在使っている携帯は三代目 いずれもストレートタイプ
初代は、スケルトンモデルで、着信があった場合なんかは、暗闇で不気味にオレンジ色の光が放たれていた
ちなみに、メール機能はつけなかった
必要性を感じなかったから

初代は、家人により無慈悲に洗濯され水没して昇天
二代目も随分長く使った
今度はメールの機能もつけ、ディスプレイがカラーになった

三代目が現在のガラケー
こいつは、二度のトイレでの水没や、落下によるディスプレイ破損という修羅場をくぐりぬけ健在である
スマホもあったらあったで便利なんだと思う

ただ、年がら年中ネットを使用する必要性もないし、誰かと繋がっていたいという欲求もない
ゾンビのようなガラケーを使い続けるつもり

もうガラケーストレートタイプの代替機もないだろうし、万一のときはどうしよう
ら○ら○ホンでも使おうか
 

(06:42)

2013年10月29日

IMG_20130812_172820-1もう15年程前になる
通勤に、地下鉄を使っていた

で、ある日の帰宅途中だから、夜8時頃だったと思う
私は座席に座っていた

少し離れていたところに、かなりいい具合にくたびれたオッサンが吊革につかまり立っていた
くたびれたというのはいい言い方であり、何日も着替えていないような感じがあった
灰色のスウェットの上下をお召しだったように思う ちょっと酩酊しているようにも見えた
 
なんでそのオッサンが気になったかと言うと、お尻の付近に固形物っぽいものがスウェットの下に
あるようだったから
その部分はやや茶色く変色しており、何より異臭を放っていた

オッサンは堂々としたもので、気にしている風には見えなかった
端的に言うと、ウ○コを漏らしているようだった
漏らしたことに気づいていないのか、もう漏らしたのでじたばたしても仕方ないと諦念したのか

ちなみに、私の故郷修羅の国では漏らしたということを「しかぶる」と呼ぶ
「お前小便しかぶったやろが?」「うわ こいつウ○コしかぶっとるぞ」とかが使用例

地下鉄車内はそこそこ混雑していたが、オッサンの周りはモーゼの十戒のように、人がいなかった
単に避けていたのである

私が注目したのは、オッサンのすぐ近くに着席していた、ドイツ人らしい二人の婦人
なぜドイツ人か 私はドイツ語がわからないのだが、顔の彫の深さと、会話の発音にドイツ語っぽい響きを
勝手に感じたから 「イッヒ リーベ」とは話していなかったが

この婦人達、露骨にイヤな顔をしてオッサンの方を指さして悪態を吐いていた
悪態としか思えないような会話だった

オッサンはドイツ婦人の悪態もまったく気にせず、終着駅に着く前に颯爽とウ○コを身にまとった途中下車した
ドイツ婦人達の悪態のボルテージは更に高まった
東洋のイエローモンキーは、ウ○コを漏らしても気にしないと仰天していたのか

大和魂を見せ付けてやった痛快な気分だった
 

(20:35)

2013年10月28日

LOU_REEDLou Reedが亡くなった

私は熱心なVELVETSのファンでもないし、Louのファンでもない
ド○ッグとか同性愛のイメージが強く、とても長生きはしないだろうと思うと同時に、ひょっとすると妖怪みたいに
100歳を優に越えて生きるんじゃないかとも思っていた

訃報を聞いて、ショックを受けたというより、ただただ驚いた

最初に聴いたのはVELVETSの1st 高校1年の頃だったか
オープニングのSunday Morning 牧歌的な展開かなと思いきや、「Watch out the World behind you」という
歌詞にドキリとさせられた

I'm waiting for my man という歌はそのまんま驚いた

歌詞を辞書片手に読破しようとしたが、スラングが多かったせいもあり、よくわからなかった
でも、VELVETSを聴いて、しかも理解したようなフリをしなければいけないような脅迫観念もあった

中2の時に友人が購入した「Berlin」は、中学生には理解できなかった

今、頭の中をリフレインしている曲がある
「Satellite of love」だ
好きな人の周りを永遠に旋回する人工衛星
こんな歪んだラヴソングが書けるのだ Louは

「Berlin」は、数年前に改めて購入した
何でもっと早く購入しなかったのかと後悔した

本当に、訃報に接してショックを受ける程のファンではないのだが、何となく虚脱感がある

学生の頃、人種差別政策に反対するアーティストが作った「Sun City」という曲がある
色んなアーティストが少しずつ歌詞をつないでいくんだが、Louの部分だけは暗黒大王の歌声のように
暗闇の中で響いているようだった
インタビューが嫌いで、たまに受けてもインタビュアーを泣かせるような受け答えしかしなかったLou

なんだか上手く書けないんだが walk on the wildsideでも聴きながら寝ようと思う

 

(21:26)