2011年06月16日

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もう20年以上前になるけど、学生の時の話
ゴールデンウィークに、電車の旅を計画した
私の場合、旅行をする場合の移動手段として、車というのはまず選択肢には入らない
当時も車は持っていた 四万円で友人から購入した車

行先は東北地方 連休中のある日に宿の予約も済ませた

ルートの選択肢はそれほどなかったが、新幹線は使わない計画を立てた
行ったことのない所を旅行するのは楽しい ルートを計画するのも楽しい

んで、宿泊日前日夕方に宿に確認の電話を入れた 「明日よろしくお願いします」と
すると、次の氷の一言
「宿泊の予定は本日となっておりますが」...

宿泊日を間違えて予約したらしい

慌てて本当の宿泊日の部屋の空き状況を確認した 連休中なんで空き部屋は無理かなと
思っていたが、一部屋確保できますと嬉しい返事があった

ただし、地下室の二段ベッドの部屋 食事と風呂だけは一般のお客さんと一緒だけど

旅行当日は、上野から夜行急行で確か山形まで行った
自由席は満席で、座れ無くて立ったままのオッサンが夜中中大声で独り言のように悪態を
吐いていたので、うるさくて眠れなかった 私は座ることができたんだが
明け方近く、他の乗客からそのオッサンは激しく叱責されてようやく静かになった

山形から電車で、目的地に着いた 天気もよく観光は予定通り終了

夕刻宿に着き、風呂と食事を済ませて、一般の人とは違い地下室へ
二段ベッドの中で思いを巡らせたが、ほとんどは自分の段取りの悪さへの呪いばかりだった



(08:21)

2011年06月11日

Unknown今から二十年くらい前だが、一泊二日の旅をしたことがある
そんな話は珍しくも何ともないが、この場合行先が問題

行った先はロサンゼルス

当時は、大学時代の友人がロスの大学に留学していた
彼を訪ねて旅行に行ったというわけ

予定通り、夕刻にロスに到着 友人が車で迎えに来てくれていた
車の中で、彼が立ててくれたこれからの観光プランを聞きながら、期待が高まっていた

ホテルに行って、友人と夕食
出てきたのはステーキだった ステーキのぶ厚さに仰天したんだが、前菜として出てきた
マッシュルームに驚愕した
皿に盛られたマッシュルームは小山のようだった 周囲を見ると現地の人はペロりと平らげ
ている
負けてなるかと意味のわからない意地を張って、私も前菜、ステーキを何とか間食
息も絶え絶えだったが、まだ続きがあった

デザートだ
デザートのチョコレートケーキは、口にした途端気が遠くなるほど甘かった

こんなものを日常的に食べている人達に、戦争をしたって勝てるわけないと、変な方向に納得した

夕食後、、翌日の予定を確認して友人とは別れた
初日だったんで、早めに就寝しようと思っていたら、フロントから電話があり日本からの国際電話を
転送された 

かけてきたのは、義理の母
妻の祖母は当時は入院していたんだが、容態が急変してさきほど亡くなったということだった
葬儀は済ませるので、旅行は予定通り続けていいよという事だったが、お婆ちゃんっ子だった
同行していた妻の動揺が激しかったので、相談して翌日切符が手に入ったら日本に帰ることにした

翌朝友人に事情を話して、ロスの空港へ連れて行ってもらった
東南アジア系の航空会社のチケットを持っていたので、カウンターに行って日本行きのチケットを
頼んだ
前日にロス入りして、翌日に日本へ帰るという東洋人夫婦を、麻薬密売人と思ったのか、カウンターの
白人は英語で質問を浴びせてきた 何を言っているのかわからなかったが、理由を聞かれているんだと
思った私は「My Mother Died」と嘘をついたところ、係員は「Oh」と言って、手配をしてくれた

無事にキャンセルの出た航空機で日本に戻った ロス一泊二日の旅
なかなか得難い経験をした

日本に着いたのは確か夕方 妻の実家に行くには新幹線は間に合わなかったので、深夜発の高速
バスを予約 スーツケース二個をコインロッカーに入れて、バスの出発時間まで食事にでかけた
九時頃だったか食事を終えてコインロッカーまで戻った私は目を疑った

コインロッカーは何と夜九時までの営業で、シャッターが下りていた
シャッターが開くのは翌朝だと...

この旅はどこまで呪われているのかとブツブツ悪態を吐いたが最早仕方がない

深夜バスには妻だけを乗せ、私は翌朝妻の分のスーツケースも合わせて取り出し、フラフラしながら
新幹線とバスを乗り継ぎ、遅れて妻の実家に辿り着いた

この旅、実は日本に戻ってからの行動があまり記憶になかったりする



(09:25)

2011年06月09日

images先日は平日が休暇となった
天気がよかったので、外に出たいと思ったけど目的はなし かと言って家に一人でいるのは
もったいない

思案の結果、散歩に出かけた 人によっては「徘徊」と言うんだろうが
10時半に家を出て、60分位歩いて私鉄のある駅に着いた 
昼前だったんで、中華の店で食事をしたが、店内に初老の男性俳優がいた
名前は思い出せないんだが、美味しそうにビールを飲んでいた
負けじと私もビールを注文 昼の飲酒はいいねぇ

食事を済ませ、私鉄の駅からローカル電車に20分くらい乗って終着駅へ
実は、この電車に乗るのが目的だったりする

終着駅は割と大きな町なんだけど、特に目的がないので、しばらく徘徊した後に
再び歩行開始 
約 30分で、別の私鉄の駅に到着
初めて歩いた道だったが、不思議とこういう時には鼻が利いて、正確に目的地に着く

今度は私鉄に乗り、10分ほどで大きな町へ到着
ここで、15時くらいになった
駅のそばにある焼鳥屋に入り、一献
昼の飲酒はいいねぇ と至福の時

再び私鉄に乗って、自宅到着は17時半頃
特に何を買ったわけでもなし、何を見たわけでもなし ただ歩いて酒を飲んだだけ
でも これでいいのだ

(08:31)

2011年06月01日

Unknown
今日から六月
私の中では一年は、三月から五月が春 六月から八月が夏 九月から十一月が秋 十二月から二月が冬
と決まっている
今日からは夏だ

毎年思うんだけど、夏至が過ぎれば夏は終りに向かうような気がする
夏至の頃よりも八月の方がはるかに暑いのはその通りだけど、日没の時間は八月よりも夏至の方が
遅い

日没の時間が早くなるというだけで、夏が終わりゆくというセンチな気分になる しかも毎年



(10:13)

2011年05月26日

Unknown
45歳になった今でもよく繰り返しでみる夢がある
何か(出発とか提出・締め切り)に間に合わないというもの 
目覚めの悪いことこの上無い
締め切りに間に合わないなんてのは、単に能力がないからだと思うけど

自分の中では、このきっかけになったんじゃないかと思う出来事が高校の時にあった

高校三年になる直前の春休み
友人と三人で、青春18きっぷを使って小旅行を計画した
山陰本線で門司から京都まで行き、日本海沿いに金沢へ それから信越本線経由で東京まで出て、東海道、山陽本線経由で門司に戻るというもの
 
壮大な計画みたいだが、いきなり初日からつまづいた

順調に山陰本線の旅が始まり、初日の夕方に松江近くまで来た
松江の一つ手前の駅でアナウンスがあり、松江では数分間停車するということだった
ちょうど喉が渇いたので、松江に停車している時間に駅のホームの自販機で飲み物を買おうと決めた 友人にも
そのことを話して、松江に汽車が停車した瞬間に、荷物は車内に置いたままホームへと一人飛び出した
何となく、予想よりも松江は小さい駅だなあと思いながら飲み物を購入
さっそく汽車に戻ろうとした瞬間、乗るはずの汽車が動き出した

何が起きているのかわからずに、呆然としていた
ホームにある駅名表示を観て仰天した 松江駅とばかり思っていたんだが、実はそこは松江の一つ手前の駅だった ホーム数が少なく寂しい感じがした訳だ 痛恨の勘違い

見る見る遠ざかる汽車 最後尾の赤いランプが小さくなっていった
幸い財布は持っていたので、改札を出てタクシーをつかまえて、次の松江駅に向かった
松江では数分停車するはずなんで、もしかしたら間に合うかもしれないと祈っていた

間に合わなかった...
友人二人は私が戻ってこないのを心配して、私の荷物を持って松江駅のホームで汽車を降りて待っていてくれた

この後は、山陰本線で行ける所まで行った 確か倉吉まで
んで、倉吉からは米子まで夜通し数十キロ歩いて、翌朝米子から瀬戸内方面へ抜けてから旅を続けたと思う
というのは、松江の出来事が衝撃的で記憶が吹っ飛んでしまったから

大幅な行程の変更にも付き合ってくれた友人には感謝している

今もって早とちりをする傾向は治っていない 性格なんで治しようがないんだろう
いつか、同じコースを旅行してみたいと思う 
ただ、各駅停車の旅は45歳には辛いだろうな 好きなんだけどな各駅停車



(22:55)