映画のはなし

2019年12月17日

無題アンナ・カリーナが亡くなった

彼女が出ている映画を初めて観たのは、予備校の時に、予備校近くの映画館で
私が人生で観た映画ベスト10の大半が、この映画館でやっていた映画のような気がする

私が観たのは、ゴダール監督の「気狂いピエロ
大まかなストーリーは理解できたが、出演者がつぶやく詩のようなセリフは、理解できないものが多かった
何だかわからないものも、やはり映画なんだということを予備校生の私は知った
全ての映画が最初から最後まで理解できるものではないと
自分の理解力のなさを棚に上げて私は強くそう思った

映画は南仏が舞台で、私は視覚的に青や赤、黄色といった原色の印象が強い
ピエロが顔に塗りたくるペンキの色
アンナが着ていたワンピースの色

映画の中で、うつむいたアンナがカメラに向かい上目遣いで何かを言うシーンがある
あのシーンで私は轟沈したような気がする
と、私のずっと前にゴダール監督も撃沈していたんだろう
数年前、ラジオで日本のある女優が自分の最も好きな女優としてアンナの名前を挙げていた

好きなポイントは私とは違っていたが、何となく嬉しかった

さようならアンナ





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2019年11月16日

images久しぶりに映画を観た

と言っても、映画館で観たのではなく、テレビで
それも、私が生まれる少し前の日本映画 アゴが外れるほど怖い映画ではない
実はこの映画は、一度観たことがある その時もテレビで

構成について細かい所まで言えば、ツッコミ所は満載だろうが、主演の男優と、脇を固める女優、男優たちにウットリした
上映時間が90分というのも、当時では当たり前だったのかも知れないがいい
悪役ヅラの俳優は、こうじゃなくちゃというほど憎々しい

で主演の男優
太刀づかいに関してはもっと上手い人はいるのだろうが、佇まいと声がいい
脇を固める女優は、ひらすら美しかった

最近の映画は邦画洋画を問わずあまり観ていないが、佇まいと声で魅了してくれる俳優って誰かいるだろうか

ストレスってのは解消できるものではないと私は常々思っているが、イヤなことや気にかかっていることの存在を、数秒であっても忘れて違う気分(必ずしも楽しいものではない)にさせてくれるのはいい映画の条件だとも思っている


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2019年11月14日

無題私も、恐怖映画の惹句を考えてみた

そう「アゴが外れるほど怖い」に対抗して
なぜ対抗する必要があるのかという本質的な質問は、この際無視させていただく

こんなのどうだろうか
ほっぺたが落ちるほど怖い

「恐怖」とかけ離れたイメージの表現をぶつけて、得体の知れない恐怖を醸し出してみました
え? 恐怖とあまりにもかけ離れているのでダメ?
ダメかぁ

この惹句が奇跡的に気に入ったという奇特な映画会社広報の方
連絡をお待ちしています



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2019年11月12日

imagesアゴが外れるほどの恐怖ってどんなものだろうか
テレビでやっている、ある映画の広告のはなし

多分恐怖で絶叫し過ぎで口を開く頻度が多いため、アゴが外れるってとこか
恐怖のあまり笑ってしまいアゴが外れるのか

映画の惹句としては、面白い
ま、怖い映画が苦手な私は決して観ることはないだろうが

この映画の惹句としてもう一つある
少年を怒らせると、死ぬ
性格に問題の多い私はふと考える
怒りのあまり死ぬのは少年だろうか もしくは、少年の周囲にいる人たちだろうか

どっちだろうと考えると、夜も眠れそうにない(大噓)
死ぬのはどっちだ?


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2019年11月10日

images3LPYLU01私が新入社員だった頃のことだから、もう30年近く昔のはなし

私の勤めていた会社の報編集部から、なぜか私に「好きな映画のおすすめ記事」の執筆依頼が届いた
結構ないるはずの社員の中からどうして私に白羽の矢が立ったのか
当時から性格が二重らせんを描いてヒネくれていた私は、大多数の人が興味を持つであろうメジャーな映画を選ぶことなく、単純に私が好きな映画を紹介する記事を書いた
当時もそうだったが、この映画は今の時点でも私のベスト1

ちなみにその映画のタイトルは書かないが、ソビエト映画(当時はソビエトだった)
好きな映画と言っても、ビデオやDVDを所有をしていたわけではないし、当時はインターネットで色々調べる環境にもなかった 映画のパンフレットだって手元にはなかった
従って、すべては私の記憶に頼って記事を書き上げた

昔から、文章を書くのはあまり苦にならない方だったので、結構早く書き上がった
文章のクオリティは別として
その映画を観たのは、映画館で三回程度 
正直に言って、誰もが知っているという類の映画ではなかった
内容だって、観る人によって色んな解釈ができるようなもので、わかりやすいものではなかった
が、私がこの映画を好きな理由を中心に、原稿を書き上げた

原稿を社報編集部に提出してから数日後に、私の職場に社報編集部から電話があった
曰く「原稿受け取りました ありがとうございます ただ、誰もが知っているような映画でないので、ある程度映画の展開がわかるような文章にしたいと思うのです いただいた原稿では、この映画への熱い思いのようなものは伝わるのですが、映画の展開がわかりません(映画の展開については、私は触れていない) 申し訳ないのですが、こちら編集部で映画の展開がわかるように少々文章を手直しさせて
いただきます


確かに誰もが知っている映画ではなかったので、ある程度の筋立ての紹介は必要かもと納得し私は原稿の手直しを了解した

数日後社報が発行された
私の文章も掲載されていた
が、私のオリジナルと言える文章はほとんどなかった
社報編集部の「赤ペン先生」による添削で、文章はほとんど真っ赤に添削されていた

もともと私の書く文章は長いうえに分かりづらい部分が多いと周囲には言われていた
ほとんど原形をとどめないほどに添削されていた、私の社報原稿
文章を書くのが嫌いではないということと、それが誰にでも理解される文章であるとは別という当たり前のことに気づかされた

その後もちろん私に社報の原稿執筆依頼はない



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