思ひ出

2017年08月17日

0abbd3e6e61d6a1a17c056d075127791もう25年近く前の話

私が新婚旅行でカナダに行った時のこと
カナダはどこに行っても食事が美味しかった

とあるカナダの島に行った
この日は終日フリー行動で、私は何のツアーだったか憶えていないのだが、ガイドさんに連れられて野外を歩き回るツアーを選んだ
ツアー客は私たち夫婦だけだったと思う

天気は湿度のない晴れで、確か七面鳥入りのサンドイッチを食べて、感激した記憶がある
この新婚旅行のカナダツアーでは、私が機内食を含めて食事をほとんど残さず食べることが、ツアー客の中で有名になっていた

貧乏性な私は、出されたモノを残すのが嫌いなのだ

話はフリーのツアーに戻る
ツアーのガイドさんは、カナダ人だったか日本人だったか、男だったか女だったか憶えていないが日本語が堪能だった

日本語で、ガイドさんと与太話をしていて、フライドチキンの話に話題が及んだ
ガイド「日本にもケンタッキーフライドチキンはありますか?」
私「私の自宅の近くにはありませんが、日本人もよく利用しますよ」
ガイド「店の名前は何と呼んでいますか?」
私「ケンタですかね」
ガイド「ケ..ケンタぁ? ワッハッハ
私「おかしいですか? カナダでは何と呼びますか?
ガイド「KFCです」
私「笑われるほどヘンですか?(独り言)」

夕食は、宿泊したホテルの近くでこれまたフリー
大きく二手に分かれた
少し和食が恋しい組は、中華料理の店に
さほど洋食に飽きていない組は、イタリア料理の店へ

私たち夫婦はイタリア料理店へ行った
味音痴で知られる私だが、この時に食べたパスタは美味しかった

ホテル中華料理屋選択組に会った
味の感想を聞こうと思ったが、なんとなく浮かない顔をしている

中華料理屋の経営者はカナダ人
焼きそばを注文したところ、出て来た麺は、長さ2ミリほどで全てカットされており、箸からポロポロこぼれ落ちたそうだ
味付けも不思議な味だったようだ

よくある、西洋人が想像したままの中華料理店だったんだろう






(04:30)

2017年08月13日

32年前の8月12日
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何が起きたのか?
ニュースで繰り返し報道されているとおり、ジャンボジェット機が墜落して多数の犠牲者が出た日

もう一つ、うんとミクロな出来事があった日
当時私は大学一年で、寮に入っていた
入学して4ヶ月ほどは、テレビのない生活を送っていた

隣室の友人の部屋にもテレビはなかった
寮から自転車で30分ほどのところにある店のチラシで、14型のブラウン管テレビが割と安く販売されているのを見た(お持ち帰りはさらに割引
自転車の荷台にテレビを乗せて、炎天下私は30分以上かけて寮にテレビ様を運搬した

セッティングが済んで汗だくで、テレビのスイッチを入れたところ、流れて来たのがジャンボ機墜落の
ニュースだった(クーラーなんて部屋にはなかった)


寮の隣人も、私がテレビを買ったのを知って早速私の部屋に来たのだが、二人とも無言だった

あの事故(私がテレビを買った日)から32年も経つのか



(04:30)

2017年08月09日

Elevator私の知人から、昔聞いたはなし

今はもうなくなったが、隣町にある商業ビルのエレベーターを知人が利用した時の事
エレベーター内には三人の人がいた

知人と、母息子の親子連れ
息子は、中学受験を控えているのか、母が息子に歴史上人物のクイズを出していたそうだ
母が、人物の苗字を言い、息子が下の名前を答えると
これが、受験に役立つのだろうか

あまり感じのよくない親子は、エレベーター内でクイズを続けていた(らしい
知人には、その様子がぼそぼそと聞こえていた(らしい

母「〇〇」
息子「〇〇」


知人がよく耳を澄ますと 親子の会話が聞こえて来た(らしい
母「ユイ」
息子「ショウセツ」


と、こんな感じで、出題されるのは、テロを企てた人の名前ばかり
延々とクイズは続いていたらしいが、知人は気味が悪くなってきて、エレベーターを途中で降りた(らしい
テロを企てた人の名前を憶えて、果たしてどんな学校の受験に役立つんだろうか




(04:30)

2017年08月07日

okano-a昔住んでいた地域に、とあるカラオケスナックがあった

私は個人的には酒は居酒屋で一人で飲むのが好き
カラオケは苦手ではあるが「お付き合い」でその店をたまに利用していた

入店して着席すると、テーブルには若い尾根遺産がつくのだが、みな若くて、私は話について行けない

その店にはカウンターがあり、その向こうに立って、テーブル席の尾根遺産達を操っている女性がいた
その女性の風貌は、漫才師の大助花子の「大助」にそっくりだった
女性だからと言って「花子」に似ている訳ではなかった

「大助」そっくり

「大助」は、いつもカウンターの後ろに立って、尾根遺産達に睨みを効かせているというより、細かく様子を見ている
私の昔の同僚の中には、若い尾根遺産よりもこの「大助」嬢に興味があるという奇特な御仁もいて、カウンター席に鎮座して、「大助」嬢をイジっていたりしていた

もう10年以上その店には行っていない
「大助」嬢はご存命だろうか


(04:30)

2017年07月27日

201507230744399c4s私の出身大学は、今はどうだか知らないが私の学生時代は三学期制だった

二学期と三学期の間には、一週間程度の「秋休み」があった
時期は十一月末くらいだったか

大学一年の秋休みには、私はろくに所持金もないくせに、東北旅行をした
移動には夜行急行を使ったりした貧乏旅行だったが

行った最初の地は、本州最北端の県
県都ではなく、人口でその県二番目の都市

たしか雪が降っていた

私は一人でその都市の駅前に降り立ったのだが、人柄の良さが私の表情に滲み出ているのだろうか、私はその都市の駅前で、一人の初老の男性に一方的に話しかけられた

初老の男性は私に向かい容赦なくハードな方言で語りかけてくる
時間にして五分くらいだったか
私は文字通り立ちつくしていた 駅前のロータリーで

私が理解できた単語はただの一つもなく、一方的に喋る男性の言葉尻で、それが疑問形なのか(私に同意を求めているのか)どうかを勝手に判断して笑顔で相槌をうったりした

初老の男性がなぜ私に話しかけてきたのかだが、ひとしきり喋り終えると男性は、どっかに去って行った
満足そうに

この県にはその十五年後に私は住むことになるのだが、その県でもこの地方の訛りは強く、よくテレビで面白おかしくイジられている

この県出身の男性歌手のCDを一枚持っている
アルバム最後の曲で、漁師のお父さんのセリフを方言で歌っている
わいかつくつどしだ

このアルバムを購入してから二十年近く経つが、未だにこの言葉の意味がわからない




(04:30)